九月
九月になった。
秋だ。
“ほらあの人ってシャープペンシルの考案者だし”
街ゆくサラリーマンがさらっと言う。
“JRって何番出口…?”
市谷に不慣れな慶応ガールが尋ねる。
“孫子くんも言うてるがな。『算多きは勝つ』”
本の中でゾウが説く。
“先生あのね、今日ね、お祭にお父さんと行くの”
今日も塾の女の子は可愛い。
“何をお探しでしょうか”
何も探していない私にファミマの店員が聞く。
“別に何もせんくていい。何とかなる”
そうか、そうなのか。
“へけ!!!!!!!!!!!!!”
そう言っていた全肯定のハム太郎はもういない。
夏は終わった。
勢いだけでどうにかなる季節は終わったのだ。
もうサンダルを履くためにネイルを塗る必要はないし、制汗剤を真剣に選ぶ必要もない。
でも馬鹿みたいに洗濯物が乾くこともないし、ガリガリ君がこんなに美味しいと思えるのもあと少しで。
悲しいなあと思う。
だって秋だ。私は誕生日が過ぎたらどうやって生きていけばいいのだろう。
まだハーゲンダッツを食べていない。冷たい生チョコケーキも食べていない。きゅうりの浅漬けは食べ足りないし、茄子の揚げ浸しはあと少しで大好きになりそうだった。
まだ暑い。今日の最高気温は32度だ。
なのにどうしようもなく秋だ。
木の葉とか、木漏れ日だとか、汚いお堀の水の反射とか、空に浮かぶ雲だとか、目に入るもの全てが “夏は終わりました!!!!” と宣言するでもなく、ただしんみりと、秋の訪れを告げているようで。
道行く人のサンダルが少し違和感を残して、汗ばみながらも長袖のワイシャツに袖を通す。
夏休みも残りわずかで、十代最後の一年が始まろうとしている。
“ほら、人生って暇つぶしだってパスカルも言ってたから〜” とか呑気なことだけを言ってられるのもあとわずかだ。
“自分、そんなことやから、『夢』を現実にでけへんのやで”
ゾウが言う。そっかと流す。近々せき止めなければならない日がやってくる。
紛れもなく、どうしようもなく、秋になっている。
何度でも言おう。秋だ。
新幹線では相変わらず “アルミのことなら日軽金” と流れていた。
読売新聞ニュースでは巨人が7-0でどこかに勝ち、オリックスがどこかに勝ち、楽天が負けていた。
それが平成最後の夏の終わりで、秋の始まりだった。
それが、夏と秋の境目だった。