都電有楽町線

大学生が徒然なるままにつらつらと。

100パーセント

 

 

受験がひと段落して、気づいたことがあった。

 

いつのまにか、ねじが戻っている。

 

油をさしたように、全てが潤滑だった。自分自身も、世の中も。迷うことなんてなかった。正解があるものとないものの区別が明確だった。実際、正解がある場合というのは、例えば試験問題のような、人間が定めたものがほとんどであった。

あの時、世界は単純明快だったのだ。そして色鮮やかだった。あんなにも眩い冬の終わりを私は初めて経験した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二月半ばの、まだまだ冬で、けれど着実に春を迎えているような時期だった。紺色のコートの下には淡い水色のセーターで、ヒートテックを上下に着込んでいた。

 

JR飯田橋駅東口

 

きっとあれは、100パーセントの出会いだったのだ。

ニューデイズの前で、薄めの上着にマフラーをして革靴を履いていた。髪は短く切られていて、考え事をすると眉間にしわが寄った。

あまり美味しくない寿司屋に行った。カフェに入った。笑いながら靖国参拝をして、皇居を遠目に見た。東京駅に着いて、もう会うこともないかもねと言って別れた。

座った時、ぎこちなさそうにこちらを見た。幾つに見えた?と聞いた貴方の笑い方はどこかで知っている気がして。パソコンを見つめる目が好いたらしくて。

カフェを出る時、私のマフラーが後ろのおじいさんに当たってしまった。品の良さそうなおじいさんだった。

山本五十六、入学式の後の桜が綺麗だった話、靴の下には砂利の音。

なんでもない丸の内のビルとビルの間で、私はどうしても、どうしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全部、覚えてる。

英単語なんてすぐに忘れてしまうのに、こんなにも鮮明に覚えている。

 

白い襟のワンピースを着た。貴方はスーツで、少し飛び跳ねてしまいそうだった。

巣鴨の本屋に入った。探していた本はなかった。切符を買ってその足で地元に帰った。切符を通して振り向くと、お互いに手を振った。またねと言ってまた会った。何度も。

 

 

 

なんとなく好きで、その時は好きだとも言わなかった人の方が、いつまでもなつかしいのね。

『雪国』川端康成

 

 

 

夏を迎えて、もう会えないと思った。会ってはいけない気がした。

秋が深まり、会わなければいけないと思った。会いたいと思った。

 

どこにいても、貴方のことを思ってしまって。

それはきっと、こんなにも鮮明に記憶してしまっているせいで。

 

四ツ谷の駅前。テレビで流れていた曲。いつもの横断歩道。ガネーシャ

あの時曲がった道を今日は曲がらずにまっすぐ歩いていて、あの時緑になり始めていた桜の葉が枯れ始めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会いたかったら会えばいいと、その言葉にどうしようもなく救われた。

お互いにお互いを理解して、想いに気づいているからこその距離であって、それをどうにかする術をどちらも持ち合わせていないということも分かっていて。

どうしようもないなら、どうもしなくて構わないと思っていた。同時に、これが最初で最後の100パーセントの恋であるかもしれないことも、逃した魚が大きすぎることも分かっていた。

あの沁み入るような言葉の並びはなによりも綺麗だった。惚れていた。

 

目に入るもの全てがその彩度を高く保っているようで。

 

会って何をするわけでもなく。想いを伝えるでもなく、ただ借りていたものを返して、少しの寂しさを覚えて。

それでも会わなければいけないと思った。何度も。

 

 

 

 

 

 

 

「先、食べるで」

貴方と行ったお店は、その後誰かと行って上書きしようと試みても、いつまでも貴方と行ったお店であって、目で追うのはあの時座った席だった。

 

出会ったのは仕組まれたような偶然で、結末は映画のようにはいかなくて。

それでも、それでも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分に正直にな、と貴方は言った。

その言葉を信じてみたいと思った。

 

だって貴方は、私のねじを戻したのだ。